大笑い

2020年3月10日放送「プロフェッショナル」に、欽ちゃん(萩本欽一)が出演し、理想の笑いを語ります。ここでは、「プロフェッショナル」 に登場する 欽ちゃん(萩本欽一) のプロフィールや坂上二郎さんのことや駒澤大学の自主退学の背景や理想とする笑いをまとめました。

欽ちゃん(萩本欽一)「プロフェッショナル」に出演!

2020年3月10日放送「プロフェッショナル」に、欽ちゃん(萩本欽一)が出演し、理想の笑いを語ります。

「視聴率100%男」と称されたTV界のレジェンド・萩本欽一(78)。

番組では「視聴率100%男」と称され、今もなお笑いに対する探究心が衰えることない萩本欽一に密着します。

昨年4月、萩本は通っていた駒澤大学を自主退学し、80歳までの残り2年間を笑いに専念すると決意しました。

「いいコメディアン、いい笑いをする人をつくりたい」と9月からは無名の芸人や俳優を相手に自ら指導することも増えましたた。

特別番組「欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)」では新たなコント作りに励んでいます。

「昭和の奥ゆかしい笑いが欲しくなる、そんな時代が間違いなく来る」と語る萩本欽一ささん。

太田光さん、香取慎吾さんが見た欽ちゃんとは?

“老い”と闘いながら追い求める笑いとは?

希代のコメディアンの知られざる日々を、番組で追います。

避けられない老いと闘いながら追い求める、萩本の理想の笑いとはなんでしょうか。

ここでは、「プロフェッショナル」 に登場する 欽ちゃん(萩本欽一) のプロフィールや坂上二郎さんのことや駒澤大学の自主退学の背景や理想とする笑いをまとめました。

ここでは、「プロフェッショナル」 に登場する 欽ちゃん(萩本欽一) のプロフィールや坂上二郎さんのことや駒澤大学の自主退学の背景や理想とする笑いをまとめました。

欽ちゃん(萩本欽一)「プロフェッショナル」に出演! プロフィールは?

1941年5月7日、東京・入谷生まれです。

高校卒業後、浅草・東洋劇場の軽演劇一座に加わります。

1966年に坂上二郎とコント55号を結成しました。

1968年から始まったテレビ番組『お昼のゴールデンショー』で人気が爆発し時代の寵児になりました。

1971年に始まった『スター誕生』からは司会業にも進出しました。

1980年代は『欽ドン!良い子悪い子普通の子』『欽ちゃんのどこまでやるの!?』『欽ちゃんの週刊欽曜日』などが絶大な人気を博します。

2005年にはクラブ野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」を結成し監督に就任しました。

2015年に駒澤大学仏教学部に入学を果たしますが、新しいお笑いを志すため2019年に自主退学しました。

近著に『人生後半戦、これでいいの』(ポプラ新書)などがあります。

「プロフェッショナル」 欽ちゃんが見る坂上二郎の天才性は?

萩本欽一さんは、インタビュー記事で、坂上二郎さんのことを以下のようにかたっていました。

”たとえばコント55号には「飛びます、飛びます」というギャグがあるでしょ。「あれをやってくださいよ」って言われたとき、普通の芸人さんだったら喜んでやると思うんだよ。自分たちの持ち芸なわけだし。ところが、二郎さんは「飛行機やって!」と求められてもすぐにやらないのよ。「俺も40近いからさ。あまりみっともないことはやりたくないんだよなぁ」みたいな感じで躊躇するわけ。この間が重要なの。振られてもマゴマゴしちゃって、まるで素人みたいだなって思うじゃない。でも、そのあとで楽しくなっちゃって、振り切れたように飛び回る。そこが面白いんだよね。”

萩本欽一さんは、素人が一番面白いといいと言います。

今まで、多くの素人を笑いの輪に巻き込み、茶の間にほのぼのとした笑いを提供していました。

坂上二郎さんは、普通であれば芸能人が失っていく、素人性を持ち続けた天才なのでしょう。

欽ちゃん(萩本欽一)「プロフェッショナル」に出演!駒澤大学を自主退学した理由は?

欽ちゃん(萩本欽一)によれば、ひとつあるのはTwitterの存在だそうです。

萩本欽一 さんの場合、Twitterはネタを募集したりするのに使っているそうです。

昔は番組内でハガキを読んだりしたけど、それと同じ感覚なのです。

Twitterの投稿の中で、「昔、欽ちゃんの番組で腹を抱えて笑いました」というのがあっそうです。

萩本欽一さんは、 腹を抱えて笑ったという言葉が、すごく引っかかったそうです。

コント55号のときには、 萩本欽一さんは腹を抱えるような笑いを追求してきたそうです。

しかし、そのあとテレビで冠番組を持つようになってからは、腹を抱える笑いとは違う方向に進んだという自覚があるそうです。

だから最後にもう一度、腹を抱える笑いに全力で取り組みたいと、萩本欽一さんは、考えたわけです。

後世の人が振り返ったとき、「欽ちゃんというのはコント55号で舞台の腹を抱える笑いから始まって、一度はテレビの世界に行ったけど、最後は再び腹を抱える笑いをやりながら亡くなったね。最期に作った笑いも面白かった」と語るような感じが理想かもしれないと、 萩本欽一 さんは語っています。

大学というのは、脳をまともにしていく場所で、これ以上勉強すると笑いにマイナスになると考じたそうです。

最初、 萩本欽一 さんが大学へ行こうと思ったのはボケ防止のためだったそうです。

しかし、どんどん頭が”お利口モード”になっていることが実感し、これはマズいと思い、年齢的にもそんなに遠回りできる時間は残されていないと考えたそうです。

正しいことを教わって身につけるのが学問。

でも、笑いって正しくないことを考え出す作業だと考え、駒澤大学を自主退学し、理想の笑いをもう一度追いかけてみようと考えたそうです。

まとめ:「プロフェッショナル」欽ちゃん(萩本欽一)の理想の笑いとは?

ここでは、「プロフェッショナル」 に登場する 欽ちゃん(萩本欽一) のプロフィールや坂上二郎さんのことや駒澤大学の自主退学の背景や理想とする笑いをまとめました。

萩本欽一さんの理想の笑いをこれからも幸せな気持ちで享受したいと思います。

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