ボランティア

2020年3月26日放送「加藤浩次とどん底どっこいしょ」にて、 スーパーボランティア尾畠さんのポリシー・行動術が紹介されました。ここでは、「どん底どっこいしょ」 で紹介された、スーパーボランティア尾畠春夫さんの生い立ち・ポリシー・行動術をまとめました。

「どん底どっこいしょ」スーパーボランティア尾畠さんが出演!

2020年3月26日放送「加藤浩次とどん底どっこいしょ」にて、 スーパーボランティア尾畠さんのポリシー・行動術が紹介されました。

こんな閉塞感が漂う時代だからこそ、どん底から脱出する術を学ぶ!人生、落ちた時ほど頑張りどころです。

落ちた状況からどうやって這い上がっきたのでしょうか?

2018年に3日間行方不明になっていた2歳の男児を無事見つけ出し、日本中から称賛されたスーパーボランティア・尾畠春夫さんの物語も紹介されました。

警察や消防による大掛かりな捜索が暗礁に乗り上げる中、尾畠さんが成し遂げた偉業は当時“奇跡の救出劇”として脚光を浴びました。

しかし実のところ、この救出劇は偶然の奇跡などではなく、尾畠さんの“綿密な計画”が功を奏したものでした。

尾畠さん本人にもインタビューを敢行し、救出劇の裏側ストーリーを余すところなく紹介します。

ここでは、「どん底どっこいしょ」 で紹介された、スーパーボランティア尾畠さんの生い立ち・ポリシー・行動術をまとめました。

「どん底どっこいしょ」スーパーボランティア尾畠さんの生い立ちは?

いつも明るく振る舞う尾畠さんだが、実は貧しい家の事情で子供の時に農家へ奉公に出された苦労人です。

それでも、人の親切に触れて成長し、営んだ鮮魚店は地元の人たちに愛されてきました。

趣味の山登りがきっかけで“登山道整備のボランティア”を始め、そこで培った経験がやがて“災害ボランティア”に生かされていきます。

尾畠さんがボランティアに汗を流すのは、これまで自分を助け支えてくれた人たちや、社会に対する恩返しをという思いがあるからです。

男の子の捜索に向かったのも「困った人の役に立ちたい」という思いからでした。

「どん底どっこいしょ」スーパーボランティア尾畠さんの行動術は?

段取り8割、実働2割と話されていました。

計画こそすべて

まず尾畠さんは、現場の地形を確認し、2歳児の心理状態を推測しました。

尾畠さんは、5カ所をピックアップしました。

行方不明現場の周りの竹林・用水路・田んぼ・畑・山を探すことにしました。

田んぼの中で倒れていれば、稲生が折れ曲がっている場所があるはず。

見渡した結果、そのような痕跡はありませんでした。

次に、用水路をチェックし、暗きょの中や貯水タンクなど危険な場所を見た結果、痕跡はありませんでした。

ここで、 畑・竹林・山 に絞りました。

畑は足跡だらけで、捜査済みとふみました。

次に竹林に向かいました。空を眺め、カラスを探しました。

もし竹林にカラスが集まっていれば、子供が倒れている可能性があると思ったそうですが、カラスはいませんでした。

山にターゲットを絞り、谷をのぼりました。

山には足跡が多くなく、捜索隊が少ないと考え山を探し、沢の音を聴き、沢の方に向かいました。

すると、男の子のかすかな声を聴いて、2歳の子供を見つけたのです!

「どん底どっこいしょ」 スーパーボランティア尾畠さんの姿勢は?

脚光を浴びてもひたむきな姿に変わりはなく、取材を始めた当時から被災地に迷惑をかけないようにと、車に必要な食料や水を積み込んでボランティアに駆けつけ、車中泊をしながら活動を続ける姿を見続けてきました。

男の子を無事救助したことに加え、長年取り組んできたボランティアの活動も称賛され、“スーパーボランティア”と呼ばれるようになりました。

この言葉は、18年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれましたが、当の尾畠さんはそう呼ばれることに対して「わしはスーパーでもコンビニでもない」と答えるのが定番のジョークです。

表彰式は辞退しました。「私は一ボランティアで、一尾畠春夫」と話し、脚光を浴びたとしてもその姿勢に変わりません。

尾畠さんの行動の真意を探ることで、1人1人がボランティアについて考えるきっかけになるのではと思ったと話されていました。

まとめ: スーパーボランティア尾畠さんの行動術? 「どん底どっこいしょ」

ここでは、「どん底どっこいしょ」 で紹介された、スーパーボランティア尾畠さんの生い立ち・ポリシー・行動術をまとめました。

男の子を無事発見したことで、尾畠さんの生活は一変することになります。

多くの人から称賛され、表彰も相次いで受けました。

取材も殺到したものの、脚光を浴びるのは人生で初めての経験で、生活が一変して自分のペースが保てないいら立ちから、ストレスを感じることもあるといいます。

尾畠さんは「“スーパーボランティア”、あれがなければ最高にいい年だった」と語りまが、これもまた勉強と前を向く。自分はこれまで通りであり続けたいと感じていたそうです。

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