箱根駅伝の像

箱根駅伝の歴代最強ランナーは誰なのだろう、箱根駅伝を見る度に考える人は多いのではないでしょうか。ここでは、箱根駅伝の2区のエースや山の神含め、歴代最強ランナーについて、タイム、レース内容、勝負強さ含めて、記録と記憶の両方向から考えてみました。

箱根駅伝の歴代最強ランナーを選ぶには?

箱根駅伝のたすきを渡す像

箱根駅伝には、毎年スター選手が続出し、その長い歴史の中で、多くの人の記憶に残る選手は多いと思います。

距離や中継点など変更点もあり、タイムだけで過去と現在を比べて最強ランナーを決めていくのは難しいかもしれません。

また箱根駅伝の10区の区間でどの区間を走っているか、優勝を争うような状況であったかなど、一律な基準を設けることは難しいでしょう。

もともと箱根駅伝の歴代最強ランナーを語ること自体難しいことではありますが、ただどうしても、あの時のあの選手と今のこの選手はどちらが早いのだろうとついつい考えてしまいます。

ここでは、箱根の重用区間と言われる1,2,3,5,9区の5区間の歴代最強メンバーを決め、その後に総合の歴代最強メンバーを決めていこうと思います。

異論、反論もあるとは思いますが、どの選手が選ばれるか、箱根駅伝気分を盛り上げるためにも、ゆったりとご覧いただければと思います。

箱根駅伝の1区の歴代最強ランナーは?

箱根駅伝の1区は、大手町から鶴見中継所までの21.4kmを走ります。1区の出遅れは致命的になり、その年のチームの流れをつくる重要な役割となります。

1区には、歴代最強ランナーを語るのにふさわしい、そうそうたるメンバーが揃っています、東京オリンピックの代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」を優勝し、マラソン代表を決めた中村匠吾選手駒澤大学で4年生時に1区を走り、見事1:02:00の区間賞で優勝しています。

また、MGCでは3位でゴールした、現在日本マラソン記録保持者大迫傑選手も、早稲田大学にて、1年生、2年生と2年連続で1区を走り区間賞で優勝しています。1年生の時のタイムは1.02.22、2年生の時のタイムは1.02.03でした。

1年生のときは、高校の先輩で日大に進学した堂本選手をふりきり、2位に1分近くの大差をつけて区間賞を獲得、早稲田大学の18年ぶりの優勝に貢献しています。

その早稲田大学にて、大迫選手からさかのぼること17~18年前、今も記憶に残る早稲田大学の怪物ランナーがいました。

早稲田大学の駅伝の監督も務められた渡辺康幸選手(現・住友電工陸上競技部監督)です。2年生のとき優勝したタイムは、1:01:13と、当時としては驚異的です。

渡辺康幸選手は、3年生、4年生のときは、花の2区に舞台を移し2年連続で区間賞を獲得したまさしく“怪物”でした。

そうそうたる名選手が印象に残る1区ですが、やはり1区の歴代最強ランナーとして記録にも記憶にも残るのが、東海大学佐藤悠基選手(現日清食品)でしょう。

佐藤悠基選手は、2007年、2年生のときに1区を1:01:06で走り、現在1区間の最高記録保持者です。

東海大学のエースだった佐藤祐基選手は、当時、2位を4分以上引き離して区間記録をだしました。

中学時代から数々の新記録を樹立してきた佐藤悠基選手は、東海大1年の2006年から箱根史上3人目3年連続区間新記録を打ち立てました。

「超新人」「新怪物」の異名を持って注目されていた佐藤祐基選手の箱根デビュー衝撃的3区を走り、11位でタスキを受け8人をごぼう抜きし、順位を4位まで上げ、区間記録を37秒も更新しました。

その新怪物ランナー佐藤祐基選手の真骨頂が、大学2年の箱根駅伝の1区を走ったときです。

1区の最初の2キロで、後続に250メートルの大差をつけ、その後も異次元の走りで、1994年に"怪物"渡辺康幸選手がつくった区間記録を7秒更新する1:01:06で走り、2位に4分1秒の大差をつけました。

しかし、驚くべき事実は、そのレース中に佐藤祐基選手は必死にけいれんと闘っていたことです。

13キロすぎに一気にけいれんがきて、止まりそうになりがら走り、歴代最高記録を更新しました。けいれんしなければ1時間1分を切っていたことでしょう。

箱根駅伝の区間記録が次々と塗り替えられていく中で、2007年の区間記録が未だ塗り替えられていないこと、当時2位と4分以上の大差をつけていることなどを考えると、箱根駅伝の1区の歴代最強ランナーは、佐藤祐基選手でまちがいないでしょう。

箱根駅伝の2区の歴代最強ランナーは?

箱根駅伝の花の2区は、歴代各大学エースが名を連ねています。鶴見中継所から戸塚中継所までの23.1kmと距離が長く、後半に権太坂と中継所手前に上り坂があることからペース配分も難しい難コースとなっています。

特にこの期間は、日本選手のエース強力留学生の熾烈な争いが繰り広げられました。

歴代の2区を走った日本選手の中で印象に残るのは、やはり早稲田大学の怪物ランナー渡辺康幸選手(現・住友電工陸上競技部監督)でしょう。

1年生のときには1:08:48で走りましたが、同じ1年生の山梨学院大の留学生ステファン・マヤカ選手が1:08:26で走り、当時の区間賞を獲得しました。

2年生のときの箱根駅伝は渡辺選手が1区に回り区間賞を取り、3年生になって、マヤカ選手との直接対決が2年ぶりに実現します。

その時、マヤカ選手が1:07:20と先に区間新を出していましたが、その3分後に渡辺選手が、積極的な走りで7人を抜き、順位を2位まで上げ、2区初の1時間6分台、1:06:48を出したのです。

箱根駅伝で昭和のレジェンドの一人に数えられる大塚正美選手(日体大)が83年に出した1時間7分34秒を、平成の名勝負を演じた二人が同時に上回りました。

渡辺康幸選手は、大学4年時には世界選手権に初出場し、ユニバーシアードの10000mで優勝し、箱根駅伝では2区を任され1:06:54秒を記録しました。

チームの順位を9位から首位まで押し上げ、早稲田大学は往路優勝を達成しました。

渡辺康幸選手が箱根路に登場してから20年以上が経った今、2区で2年連続で1時間6分台を記録したのは、渡辺選手以外では一人のみです。

渡辺選手の記録がいかに規格外の偉業だったのかということを物語っていますが、その2区で2年連続で1時間6分台を記録したもう一人の怪物が、2区の歴代区間記録保持者、1:06:04の区間記録を持つ山梨学院大学のメクボ・ジョブ・モグス選手です。

箱根駅伝では4年連続エース区間の2区を任されて1年次の第82回箱根駅伝では区間賞、2年次の第83回箱根駅伝では、後半失速、早稲田大学の竹澤健介選手らに敗れ区間6位に終わったが、3年次の2008年に行われた第84回箱根駅伝で2区の区間新記録1時間06分23秒をマーク、これまでの区間記録であった1999年の順天堂大学の三代直樹が出した1時間06分46秒を9年ぶりに更新しました。

さらにその翌年、2009年の第85回箱根駅伝では、前年の自らの記録をさらに19秒更新する1時間06分04秒を記録、同区間では瀬古利彦選手(早稲田大学)以来29年ぶりとなる2年連続区間記録を達成しました。

箱根駅伝の2区の歴代最強ランナーが、渡辺康幸選手かメクボ・ジョブ・モグス選手かは、年代も離れており難しいところです。

その中で、優勝という勝利への貢献度、ライバルであったメヒア選手を上回る記録を2年連続でだした勝負強さを考慮した結果、記録より記憶を優先し、エース区間である2区の歴代最強ランナー渡辺康之選手でしょう。

箱根駅伝の3区の歴代最強ランナーは?

戸塚中継所から平塚中継所までの21.5kmを走る3区はもはや準エース区間と呼ぶべき重用区間という位置づけになっています。

箱根駅伝の3区は、第1区で登場した佐藤祐基選手大迫傑選手も活躍しています。

85回大会で、東海大学の佐藤悠基選手は、区間2位の記録で18位から5位に順位をあげて、早稲田大学の大迫傑選手も区間2位の記録で12位から3位に大幅に順位を上げました。

また、前マラソン日本記録保持者設楽悠太選手(現Honda)は東洋大学時代に、3区で2年連続区間賞を獲得しました。

設楽悠太選手の3年生のタイムは1.04.36で、4年次のタイムは1.02.13でした。

設楽悠太選手は、2年次には7区で区間新記録を樹立し、3,4年次はともに3区で区間賞3年連続の区間賞箱根では圧倒的な強さと安定感を誇りました。

4年次には、21秒前にスタートした油布郁人選手を捉え首位に浮上、歴代4位となる1時間02分13秒で走りきり東洋大学の往路優勝、総合優勝へ貢献しました。

区間歴代3位の記録を残しているのは、早稲田の竹澤健介選手、優勝も狙えると言われた2009年の早稲田大学において、見事な走りで佐藤悠基選手が持っていた区間記録を実に32秒も塗り替えました。

竹澤健介選手は大学生にして世界陸上、北京オリンピックに出場した名選手です。

そして、3区の区間2位の記録保持者は山梨学院のO.コスマスです。

歴代最強留学生と言われたモグス選手の後を継ぎ、3年目以降は安定して結果を残せるようになり、4年時には早稲田大学の竹澤選手が持つ区間記録を2秒塗り替えました。

ケニア出身の国際ランナー。モグス同様、山梨学院大学で、留学生パワーは圧巻と言うほかありませんでした。

O.コスマスは、山梨学院大学の3年時、15位から4位に押し上げました。

そして、区間記録を持っているのが青山学院大学の森田歩希選手です。

森田歩希選手のタイムは、1:01:26です。

圧巻は、森田歩希選手主将を務めた4年次の箱根駅伝。3区で区間新記録7人を抜く驚愕の走りでチームをトップに押し上げ、青学大5連覇の危機を主将が救いました。

3区で、前回2区区間賞の森田歩希主将が1:01:26の区間新記録をだし、8位から首位でタスキを渡しました。

連覇へのプレッシャーに打ち勝ち、体調不良がささやかれる中区間新記録をだしたその精神力と走力は、 森田歩希選手箱根駅伝の3区の歴代最強ランナーとして相応しいでしょう!

箱根駅伝の5区の歴代最強ランナーは?

箱根駅伝の5区は、この行程の中だけで標高差が約860mもあります。第5区の選手は小田原中継所からゴールの芦ノ湖までまさに永遠と続くような容赦ない坂道を駆け上がるようにして走ります。

5区で区間賞を取ればそれがほとんど往路優勝に繋がり5区区間賞のチームがそのまま優勝することも多くなっています。箱根駅伝の5区の歴代最強ランナーを検討する際、距離が調整され、93回から中継所が変更になるなどもあり、5区の区間記録は全て参考記録となってしまいます。

箱根駅伝は90回以上の歴史を誇りますが、真の“山の神”の称号を得た選手は3人だけです。

順天堂大学今井正人選手は、大学在籍中の2004年から2007年まで毎年箱根駅伝に出場して、2年生の時から第5区を担当しました。

史上最多他選手11人抜きを達成し、当時の区間新記録を残しています。

今井正人選手の活躍で3年生の時には、順天堂大学は往路優勝、4年生時に順天堂大学は総合優勝しました。

3年連続で5区の区間賞に輝き、初代「山の神」の称号を得ました。

そして、第2の山の神となったのが東洋大学柏原竜二選手です。

東洋大学の柏原竜二選手は、 今井正人選手が卒業直後の2008年から2011年まで箱根駅伝へ毎年出場を果たしています。

柏原竜二選手は、4年間第5区を受け持ち、1年次には前年の今井正人選手が成し遂げた記録を47秒も更新させる区間新記録を達成しました。

柏原竜二選手は、4年連続区間賞を達成しました。

4年生の時は、東洋大学総合1位に貢献して「山の神」の名を受け継ぎました。

3人目の山の神青山学院大学神野大地選手です。

神野選手は1年生時は箱根駅伝に出場しておらず、2年次は「花の2区」を担当しました。そのため彼が第5区を担当したのは3年生のたった1回きりでした。

しかし、2015年に行われた第91回箱根駅伝での神野選手の第5区間の駆け上がりが強烈で、観戦者にインパクトを与えたため、3代目となる箱根駅伝山の神として日本全国から注目を集めました。

青山学院大学にとって初めての箱根駅伝優勝の立役者はまさに神野選手だと言えるでしょう。また、2016年1月2日と3日に開催された第92回箱根駅伝では青山学院大学が往路・復路・総合の3部門全てにおいて優勝し、完全優勝を成し遂げました。

2017年から第5区の距離が2.4キロ短縮しました。

勝負はほぼ第5区の順位で決まるといってもいい程で比重が大きすぎるということ、また低体温症などの体にかかる負荷が大きく選手の健康にも悪影響を一番及ぼしやすいコースだと考えられたことが理由に挙げられます。

箱根駅伝の5区の歴代最強ランナーは、今井正人選手柏原竜二選手か難しいところです。

記録でいえば、柏原竜二選手ですが、初代“山の神”として、箱根の坂をぶっちぎり、他の選手を圧倒して区間賞をさらっていく今井正人選手の姿は、まさしく登りのパイオニアです。

箱根駅伝を制するには、2区ではなく5区を制する必要があると、箱根駅伝の大きな流れが変わりました。

箱根駅伝の5区の歴代最強ランナーは、僅差で今井正人選手です。

箱根駅伝の7区の歴代最強ランナーは?

小田原中継所から平塚中継所までの21.3km,以前はつなぎ区間でしたが、近年は優勝を狙う大学が有力選手を配置してくるようになりました。

区間記録2位は、東洋大学設楽悠太選手が2年時に記録した1:02:32です。

東洋大学が圧倒的な強さで優勝した88回大会、元々、トップを独走していたチームが、更に後続を大きく引き離しました。

佐藤悠基選手の記録を更新しての区間新ですから、価値が高いです。

区間歴代3位は、東海大学の佐藤悠基選手で、3年時に記録したものです。

区間歴代1位は、青山学院大学林奎介選手が、3年生のときに達成した1:02:16です。

林奎介選手は、前回大会で自身が打ち立てた区間記録にあと2秒と迫る1時間2分18秒の好タイムで4年生時も走り、2年連続となる区間賞を獲得しました。

区間歴代1位を達成し、2年連続となる区間賞を獲得した林奎介選手が、箱根駅伝の7区の歴代最強ランナーでしょう。

箱根駅伝の9区の歴代最強ランナーは?

戸塚中継所から鶴見中継所までの23.2km復路のエース区間と言われるのが9区です。往路に戦力を注ぎ込んでくる大学が多いですが、復路は9区に力のある有力選手を置いておきたいというチームが多いです。

中央学院大篠藤敦選手が4年時に、1:08:01の区間記録を達成しました。

当時の区間記録を37秒も更新する会心の走りで、チーム順位も6位から3位と順位を上げ、中央学院大の歴代最高順位に大きく貢献しました。

篠藤選手は、学生時代から3000m障害でずば抜けた存在であり、大学時代に日本選手権で優勝しています。

84回の箱根駅伝の篠藤敦選手の記録は、未だ破られてはいません

箱根駅伝の9区の歴代最強ランナーは、中央学院大学篠藤敦選手です。

箱根駅伝の歴代最強ランナーは?

新たな年を迎え、若者の躍動する姿に胸を打たれる箱根駅伝です。

箱根駅伝1区、2区、3区、5区、7区、9区歴代最強ランナーを、私見であげさせていただきました。

ここで、名前が上がっている選手は、箱根の歴史に残る名ランナーです。

渡辺康幸選手設楽悠太選手佐藤祐基選手など、異なる区間で区間賞をとる選手もいれば、今井正人選手柏原竜二選手のようい職人タイプである区間のスペシャリストになるなど、タイプもそれぞれです。

この中から、総合的に一人の箱根駅伝の歴代最強ランナーを選ぶとすれば、やはり渡辺康幸選手でしょうか。

当時の日本に、鮮烈な記憶を残し、伝説的ランナー瀬古利彦選手以来の駅伝、そしてマラソン界への希望となりました。

強力なマヤカ選手のような海外留学生にも負けない、日本選手の走りに勇気づけられました。

今後、渡辺康幸選手を超えるようなランナーが、箱根駅伝を舞台にあらわれるのでしょうか。

まとめ:箱根駅伝の歴代最強ランナーは?花の2区のエース、山の神は?

箱根駅伝の石碑

箱根駅伝の歴代最強ランナーについて、箱根駅伝の2区のエースや山の神含め、歴代最強ランナーについて、タイム、レース内容、勝負強さ含めて、記録と記憶の両方向から検証した結果を紹介しました。

それにしても、箱根駅伝では多くのドラマが生まれ、印象に残るスター選手が登場していますね。

まもなく令和最初の箱根駅伝がスタートします。

箱根駅伝の歴代最強ランナーとよばれるスターは登場するのでしょうか。

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