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2020年3月13日「爆報フライデー」で、三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカ(伝説の討論会)の映像が流れるそうです。ここでは、「爆報フライデー」で取り上げた 三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカ(伝説の討論会)やドキュメンタリ映画についてまとめました。

「爆報フライデー」三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカの衝撃映像?

2020年3月13日「爆報フライデー」で、三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカ(伝説の討論会)の映像が流れるそうです。

1969年の衝撃映像が解禁 昭和の文豪・三島由紀夫vs東大全共闘1000人による伝説の大ゲンカ カリスマ作家と天才学生たちによる一触即発の衝撃映像! 

芸能界屈指の文学好きで三島由紀夫の大ファンだという番組MC・太田光と、同じく文学に造詣が深い又吉直樹が、過去の歴史的大ゲンカ映像「三島由紀夫VS東大生1000人」に切り込んでいきます。

ここでは、「爆報フライデー」で取り上げた 三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカ(伝説の討論会)やドキュメンタリ映画『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』についてまとめました。

「爆報フライデー」三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカとは?

1969年5月、後に「伝説の討論会」といわれる貴重な討論会が行われました。

それはノーベル文学賞候補にノミネートされるなど、当時の日本文学界を代表する作家として活躍していた昭和の文豪・三島由紀夫が、東大全共闘(東大全学共闘会議駒場共闘焚祭委員会)の招きに応じ、東大生1000人と対峙した討論会です。

45歳の若さで自決した三島が、その約1年半前に行った「伝説の討論」とは、一体どんなものだったのでしょうか?

当時、世の中に不満を抱き、自分たちの手で日本を新しく変えていこうと国家に反発していた過激な東大生たちがいました。

三島は「私は男子ひとたび門をいずれば、七人の敵もありというんで、今日は七人じゃきかないようで、大変な気概をもって参りました」と、1000人の学生を前に堂々と決意表明します。

そんな三島に対し、「物書きなんかが来て、恥ずかしい気がします!」と切り込んでいく東大全共闘の中でNo.1の論客と言われた天才・芥正彦天才同士の言葉の応酬に注目です。

警視庁の警護の申し出を断り単身で赴いた三島との討論は、2時間半にも及んだそうです。

1970年11月25日に自決する三島が、死をも覚悟して討論会に臨み、その煌めきをまざまざと見せつけた“奇跡のような時間”となりました。

混迷する現代への提言にもなりえる、三島由紀夫の言葉とは。

「日本人らしさ」は決して失われない。

「日本の知識人」が大嫌い。

「言葉の持つ力を信じている」

「爆報フライデー」三島由紀夫vs東大全共闘1000人のドキュメンタリー映画公開!

東京大学駒場キャンパス900番教室で行われた作家・三島由紀夫と、東大全共闘との伝説の討論会の様子を切りとったドキュメンタリー「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」が、3月20日に公開されることが決定しました。

ナビゲーターを務めるのは、俳優の東出昌大さんです

豊島監督は「とにかく濃い。映っている人間たちがべらぼうに濃い。文豪でありながら身体を鍛え上げ民兵組織『楯の会』を作るような奇妙なスーパースター三島由紀夫は、千人の敵をまとめてなぎ倒すつもりで討論に来ている。特濃である。迎え撃つ東大全共闘も、挑発したり、恫喝したり、内輪もめしたり、こちらもかなりの濃度で三島に挑む。とにかく全員が、火傷しそうに熱い。50年経った今の姿も登場するが、よく見てほしい。『なんだ昔より熱いじゃないか』とたまげるはずだ」と説明しました。

企画・プロデュースの平野隆氏は「この天才たちの饗宴は天才VS天才であるが故に時に難解ではありますが、理解するのではなく“体感”して頂ければ、最後に極上の感慨に浸ることも出来るかと思われます」とコメントを寄せています。

まとめ:「爆報フライデー」三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカとは?

ここでは、「爆報フライデー」で取り上げた 三島由紀夫vs東大全共闘1000人による大ゲンカ(伝説の討論会)やドキュメンタリ映画についてまとめました。

三島由紀夫vs東大全共闘1000人についての「爆報フライデー」そしてドキュメンタリー映画!楽しみですね!

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