2020年3月13日「爆報THEフライデー」で、気球おじさん(市吉三郎さん)のエレベスト越えの結末が放送されます。ここでは、「爆報フライデー」 で放送される 、気球おじさん(市吉三郎さん)の熱気球のエレベスト超えの結末や経歴や現在についてまとめました。
目次
気球おじさん(市吉三郎さん)が「爆報フライデー」に登場!
2020年3月13日「爆報THEフライデー」で、気球おじさん(市吉三郎さん)のエレベスト越えの結末が放送されます。
世界初の前代未聞の気球でエベレスト超えに挑戦した気球おじさん衝撃の結末とはどうなるのでしょうか?
気球おじさん(市吉三郎さん) は、1946年生まれの日本人初の気球パイロット資格を持っています。
ここでは、「爆報フライデー」 で放送される 、気球おじさん(市吉三郎さん)のエレベスト越えの結末や経歴や現在についてまとめました。
気球おじさん(市吉三郎さん)が「爆報フライデー」に登場!エベレスト越えの結末は?
気球おじさんこと市吉三郎さんのエベレスト越えの挑戦とは、1990年に地球大好きというテレビ番組の後押しを受けて、実現した企画のようです。
「気球でエベレストを超える」という世界初の試みだったのですが、結果は残念ながら失敗に終わっています。
途中までは順調だったようですが、事態が急変し風が止み、気球は岩肌にぶつかり燃え上がるという最悪の結末だったそうです。
無事に着陸はできたものの市吉三郎さんは足の骨を折るという怪我を負ってしまいました。
幸い気球に乗っていたメンバー全員の命は無事!でしたが、気球は全焼し、かなり危険な状況だったそうです。
気球おじさん(市吉三郎さん)が「爆報フライデー」に登場! プロフィールは?
名前:市吉三郎
生年月日:1946年
年齢:73歳
出身:東京都
職業:エアロノーツ代表取締役
気球おじさん(市吉三郎さん)が「爆報フライデー」に登場! 経歴は?
市吉三郎さんは1946年に東京都で生まれました。
戦時に使用されていた「風船爆弾」を民間の飛行用に流用するというプロジェクトに参加したそうです。
それをきっかけに1972年にはドイツのアウグスブルクで日本人で初めてとなる気球パイロットの資格を取得します。
そしてそこから「日本気球連盟」を立ち上げ、気球についての知識や飛行ルールなど、気球について様々なことに尽力されてきました。
国際気球委員会やCIAの日本代表も務められていて、1989年には佐賀県で「熱気球世界選手権大会」の開催を実現させました。
現在は気球や気球の関連機材を輸入販売する「有限会社エアロノーツ」の代表取締役として活動されています。
気球おじさん(市吉三郎さん)が「爆報フライデー」に登場! 現在は?
気球おじさん(市吉三郎さん)は、気球の輸入販売を行っている株式会社『エアロノーツ』の代表を務めているようです。
エアロノーツは、カメロンの日本代理店だそうです。
カメロンは、ヨーロッパで最初の近代熱気球の製作チームに参加しています。
研究開発、製造、飛行に携わり今では世界最大の熱気球メーカーとなっています。
まとめ:気球おじさんのエレベスト越えの結末は?現在は?「爆報フライデー」
ここでは、「爆報フライデー」 で放送される 、気球おじさん(市吉三郎さん)のエレベスト越えの結末や経歴や現在についてまとめました。
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