冬山

2020年5月30日放送「激レアさん」に、三浦豪太(ゴウタさん)が出演されます。ここでは、「激レアさん」に出演する、三浦豪太(ゴウタさん)の登山家・スキー選手としての経歴や父・三浦雄一郎や祖父・三浦敬三についてまとめました。

「激レアさん」鉄人すぎる祖父と父に振り回されたゴウタさんは三浦豪太さん?

2020年5月30日放送「激レアさん」に、三浦豪太(ゴウタさん)が出演されます。

鉄人すぎる祖父と父に振り回された結果、全然そんなつもりはなかったのにエベレストで大記録を達成しちゃった人。

三浦豪太さんは、本当に色々な分野で活躍されています。

ここでは、「激レアさん」に出演する、三浦豪太(ゴウタさん)の登山家・スキー選手・医師としての経歴や父・三浦雄一郎や祖父・三浦敬三についてまとめました。

「激レアさん」三浦豪太さんのプロフィールは?

名前:三浦 豪太(みうら ごうた)

愛称:ゴンちゃん

生年月日:1969年8月10日

年齢:50歳(2020年5月現在)

出身地:神奈川県鎌倉市

身長:166㎝

父親:三浦雄一郎

祖父:三浦敬三

所属:株式会社ミウラ・ドルフィンズ

職業:プロスキーヤー、登山家

「激レアさん」三浦豪太さんの経歴は?

“鉄人すぎる祖父と父に振り回された結果、全然そんなつもりはエベレストで大記録を達成しちゃった激レアさん”として紹介されるゴウタさん。

三浦豪太さんが初めて山に登ったのは、3歳のときに富士山に登ったときで、そのときはお父さんに担がれて登ったので、当時の記憶はほとんど残っていないそうです。

父・三浦雄一郎さんが、「七大陸最高峰スキー滑降計画」の最中で、キリマンジャロを滑るなら家族を連れて行こうと考え、三浦豪太さんが本格的に山に登ったのは、11歳・小学校5年生のときにキリマンジャロに登ったときです。

キリマンジャロの標高は5,895mで、アフリカ最高峰の山です。

三浦豪太さんは、雄一郎さんの早いペースについていき、人生で初めての高山病にもかかったそうです。

マイナス20度の寒さの中登るなど苦難の連続だったそうです。

キリマンジャロの頂上で、雄一郎さんと豪太さんが、極限状態でスキーをする様子が放映されていました。

しかし、振り返ると、ちょうど朝日が登る瞬間で空が濃い紫から徐々に紅く染まり、眼下にはアフリカの広大なサバンナが見渡せる光景が広がりました。

このときの経験が、三浦豪太さんの原点になりました。

1983年にアメリカに留学し、1988年にはユタ州のローランドホール学院を首席で卒業すると、ユタ大学スポーツ生理学部に入学します。

1991年にはフリースタイルスキー、モーグル競技へ転向し、1994年にノルウェーで開催されたリレハメル冬季オリンピック出場、1998年の長野オリンピック13位やブラッコムワールドカップ5位入賞など、日本人モーグル選手として世界を舞台に活躍されました。(三浦豪太さんはジャッキーチェンに憧れていて、モーグルだったらジャッキーチェンのようになれると感じたそうです。)

以来10年にわたり全日本タイトルや国際大会で活躍し、日本モーグル界のパイオニア的存在となります。

アメリカに留学後は、勉強とスキーで忙しく、登山は近くの山をハイキングするくらいしかできませんでした。

しかし、1998年にお父さんがエベレスト登頂を目指す「エベレストプロジェクト」をきっかけにもう一度本格的に登山に挑戦します。

1999年にユタ大学スポーツ生理学部に復学し、2001年5月にはユタ大学スポーツ生理学部を卒業後、株式会社ミウラ・ドルフィンズに入社し冬季オリンピックやフリースタイルワールドカップの解説者として活躍します。

そして2003年に日本人として初めてエベレストへ親子での同時登頂に成功するなど輝かしい登頂成績を残されます。

以降も執筆活動やプロスキーヤーとしても活動する最中、お父様である三浦雄一郎さんと世界中の山への登頂を成功させます。

2012年には順天堂大学大学院医学部で博士号(医学)を取得し、現在はアンチエイジング研究も行っています。

三浦豪太さんといえば有名なのが解説員」として話すあのユニークな解説ですよね。

平昌冬季五輪では、「詳しすぎる解説」として話題になりました。

選手一人ひとりのプレースタイルや戦績はもちろん、これまでの経歴や趣味、人となりに至るまで詳しく語る“豪太節”は大好評でした。

「激レアさん」三浦豪太さんの祖父の三浦敬三さんや父・三浦雄一郎さんとは?

三浦敬三さんは、1904年(明治37年)2月15日青森市生まれです。

青森営林局「青森林友スキー部」ジャンプ選手、マネージャー、監督、部長を歴任し、八甲田の山スキー開拓者として知られています。

88歳でアルプス山脈を縦走され、世界的に話題になりました。

三浦敬三さんは、99歳でヨーロッパアルプス最高峰のモンブランで滑降をすることを目的に、鉄人的なトレーニングを始めます。

三浦雄一郎さんも、三浦敬三さんの取り組みに触発されたそうです。

三浦雄一郎さんが、三浦敬三さんをサポートされ、見事99歳のモンブラン滑降が達成されました。

(財)全日本スキー連盟の技術委員を務め、スキー技術の発展に貢献し、101歳まで現役のスキーヤーそしてスキー山岳写真家として活躍されました。

1年の約半分を国内外のスキー場で過ごしていたという超鉄人冒険スキーヤーなんです。

世界七大陸最高峰からのスキー滑降という偉業も達成されました

三浦雄一郎さんは、1932年10月12日青森市出身です。

加山雄三さんとも親友だそうです。

1964年にイタリア・キロメーターランセに日本人として初めて参加

時速172.084キロの当時の世界新記録を樹立します。

1966年には富士山直滑降、1970年にはエベレスト・サウスコル8,000m世界最高地点スキー滑降を成し遂げ、ギネス記録として認定されています。

1985年世界七大陸最高峰のスキー滑降を完全達成し、2003年には次男の豪太さんとともにエベレスト登頂、当時の世界最高年齢登頂記録(70歳7ヶ月)を樹立します。

2008年、75歳2度目、2013年80歳にて3度目のエベレスト登頂《世界最高年齢登頂記録更新》を果たしています。

日本の冒険家のレジェンドです。

「激レアさん」日本人初のエベレスト親子同時登頂!

三浦豪太さんは、父の三浦雄一郎さんと世界最高峰エベレストに登頂されました。

2003年5月22日、日本人初の親子同時登頂を達成です。

父の三浦雄一郎さんは、70歳でした。

当時の世界最高年齢登頂記録(70歳7ヶ月)樹立を、豪太さんがサポートしたのです。

三浦雄一郎さんは、エレベスト登頂の前に、異質なトレーニングをされていたそうです。

原宿の竹下通りで、登山スタイルで訓練されていました。

また、O型は肉だけで食べればいいと信じて、肉中心になり、一時期はコレステロールや血圧も高くなったそうです。

5年後の2013年5月23日、2度目の親子同時エベレスト登頂を達成しました。

豪太さんは、父・雄一郎さんを支え、再度偉業を達成したのです。

父。雄一郎さんは、80歳でも登頂を成功されたそうです。

次は、豪太さんの息子さんも含めて、親子三代でキリマンジャロの登頂を目指しているそうです。

まとめ:「激レアさん」三浦豪太・ゴウタさんの経歴・父の三浦雄一郎と祖父とは?登山・五輪?

ここでは、「激レアさん」に出演する、三浦豪太(ゴウタさん)の登山家・スキー選手としての経歴や父・三浦雄一郎や祖父・三浦敬三についてまとめました。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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